「タイムリミットぎりぎりで救われた生命」
レポートNo.40

中村多恵(32才)
●妊娠9週目の子宮保存手術
長女の香音(かのん)が誕生したのは2月19日。妊娠38週で帝王切開で生まれ、早いものでもう半年が過ぎました。生まれたときには2,354グラムと小さかった香音ですが、母乳をよく飲んですくすくと育っています。寝ているばかりだったのが、今ではくるりと寝返りをうったり、声をあげてみたり、笑ったりと、身体の動きも表情もとても活発になりました。

香音の世話に追われ、つい1年ほど前に体験した「タイムリミットぎりぎりの手術」が随分昔のことのように思えます。タイムリミットぎりぎりの手術とは、妊娠9週目に受けた子宮保存手術です。芽生えたばかりの胎児を救い、妊娠とともに急速に大きくなった筋腫を取り除いて妊娠を継続させる手術です。広尾ではこれまでに4人の女性が同じ手術を受けて、無事に出産しているそうですが、そういう先輩たちがいることはとても心強いことです。

そして、なんという巡り合わせか、私が手術を受けた同じ日に、もう一人、私と同じ手術を受けた妊婦さんがいました。その方は早産ではありましたが、無事に男の子が生まれています。

あの時に手術を受けていなければ、おそらく香音もその坊やもこの世に生を得ることはなかったと思うと、改めて手術を受けることができた幸運と、手術によって胎児を助けてくださった斎藤先生への感謝をかみしめています。

以下に、妊娠がわかってから手術を受けるまでの3週間に起きた、まったく予期しなかった出来事についてお話します。


●妊娠と同時にわかった筋腫
Mクリニックの医師には「2週間後に来るように」と言われていたのですが、とても待ちきれず、10日後の15日に再びMクリニックへ行きました。なぜなら、この10日の間に日に日にズボンがきつくなり、仰向けに寝ていられないほどお腹が急速に大きくなってしまったからです。いったいどこまで大きくなるのだろう、子宮が破裂してしまうのではないか、という恐怖に駆られて、「これは絶対に変だ」と思いMクリニックへ行ったのです。

ベッドに横たわって腹部を出すと、看護婦さんに「何週目ですか?」と聞かれました。「7週目です」と答えると、「えっ、7週目?!」と聞き返す声とともに驚きの表情が看護婦さんの顔にありありと浮かぶのがわかりました。ああ、やっぱり変なんだ…。不安な気持ちで医師の診察を受けると、「これは!」と言ったきり、医師は表情を固くしました。その様子から、これはただ事ではないと確信し、頭の中が真っ白になってしまいました。

医師の説明では、妊娠によってホルモンの分泌が変化し、筋腫が急速に大きくなっている、このままでは流産するだろう、とのことでした。

それからというもの、考えることはお腹の赤ちゃんのことばかり。「流産」の2文字が頭から離れず、出勤するために駅の階段をあがる時も電車に乗る時も、おっかなびっくり動き、絶えずお腹の赤ちゃんに「ポンちゃん、ママのお腹にしっかりつかまっていてね。いい子でいてね。まだ出てこないで」と話しかけました。ポンちゃんというのは私が赤ちゃんに呼びかけていた名前です。


●2〜3日おきに病院めぐり
Mクリニックの医師に大きな病院に行くように言われて選んだ先は、1時間ほど離れた実家の近くの市立病院でした。いずれ出産は里帰りして、と思っていたためです。ここでも「筋腫が大きいので、いずれ流産する」と言われ、「母胎のためにはむしろ通院に時間のかからない自宅の近くの病院にかかっていた方がよい」とのアドバイスを受けました。

そこで、その3日後には自宅近くの市立病院へ。ここでは経膣エコーで胎児が無事であることを確認してもらいましたが、言われたことは同じで「流産するだろう」とのこと。そのうえ、「短い間に病院をあちこち変えるんじゃない」とまで言われて、悲しいやら悔しいやら、すっかり落ち込んでしまいました。

それでも私は病院めぐりを止めませんでした。この頃の手帳を見ると、2〜3日おきに違う病院を訪ねています。出勤しても仕事どころではなく、病院に通うために半休をとり、先輩の女性に相談したりと、赤ちゃんのことで頭がいっぱい。あちこちと病院をジプシーしたのも、「自分で納得できる医者に出会えるまで、セカンド・オピニオン、サード・オピニオンを求めていかなくては」という先輩のアドバイスによるものでした。

そして、最後に行ったところが広尾でした。広尾のことは、妊娠と同時に筋腫があることがわかって近所の図書館で借りた数冊の本の中に斎藤先生の『子宮をのこしたい』もあり、それで知りました。広尾を母と夫と一緒に訪ねたのは7月23日、市立病院で「病院をあちこち変えるな」と叱られた2日後でした。


●えっ、もうタイムリミット?
斎藤先生にエコーで診ていただくと、胎児が確認できません。おそらく筋腫に遮られて映らなかったのだと思いますが、斎藤先生は「もうダメかもしれないよ」とのこと。でも、2日前に経膣エコーで胎児の無事を確認していたこともあって、私には「絶対、大丈夫。生きている」という確信がありました。

ところが、斎藤先生の話を聞いて、私も母も夫も驚きました。妊娠と筋腫の合併症の手術は、胎児が大きくなるとできないため妊娠9週がタイムリミットだと言うのです。その時、私は9週目に入ったところでした。「えっ、もうタイムリミットじゃない!」と思わず3人で顔を見合わせました。

しかも、直近の手術日である7月27日はすでに2人の患者さんの予約が入っており、その次の手術日は夏休み明けの3週間後になってしまうとのことで、これでは間に合いません。驚きのあまり母が声高に「それで赤ちゃんが助からなかったらどうするんですか?!」と聞くと、「仮に今の赤ちゃんはダメでも、手術によって筋腫を取り除いて子宮を残し、次の妊娠に備えることはできます」とのこと。それで、一番近い検査の日に予約を入れていただいて、とりあえず2日後の25日の土曜日にMRIなどの検査をすることになりました。手術は広尾の夏休み明けです。

斎藤先生はこの時、エコーで胎児が確認できなかったこともあって、胎児の生存には消極的な見方をしておられたのかもしれません。しかし、赤ちゃんは絶対に生きていると信じていた私は、直近の手術日に手術してもらえたら間違いなく赤ちゃんは助かるのに、と諦め切れない気持ちでいっぱいでした。それは母も夫も同じだっただろうと思います。


●手術当日に「今から来てください」
ところが、7月27日の午前中、会社に電話がありました。斎藤先生からです。「きょう手術をしますから、これから支度をして来てください」とおっしゃるのです。もう、びっくりです。「いきなり言われても…」と返事に窮していると、「とにかく、いらっしゃい。赤ちゃんは生きているから、きょう手術すれば助かる」とおっしゃるのです。土曜日に撮ったMRIの画像で赤ちゃんが無事であることを確認された先生が、きょう手術しなければ赤ちゃんを救うことはできないと判断されて、急遽、手術の予定に加えてくださることになったのです。

それからというもの、上司に事情を話して休暇をとり、夫に電話をし、母に知らせ、バタバタと入院の用意をして午後には広尾へ。まさに急転直下の手術となりました。

広尾に行ってみて驚いたことがもう一つありました。それは、私と全く同じケースで、きょうになって「手術をしますから、来てください」と連絡を受けた妊娠9週目の妊婦さんがもう一人いたことです。彼女と話すうちに、偶然にも家も近いことがわかり、なんという巡り合わせかと喜び合いました。

私たち2人の手術が急遽加わることになって、この日の手術は4人となり、先生にとっても看護婦さんにとっても大変な一日だったことと思います。

手術は彼女が3番目で、私は4番目。私の手術が始まったのは夜の9時からで、手術を待つ間、私はずっとお腹のポンちゃんに話しかけていました。「ポンちゃん、これから手術だから、筋腫から離れたところにいてね。ママと一緒にがんばろうね」と。


●やっと普通の妊婦になれた
手術は11時過ぎまでかかり、1,055グラムの筋腫を取り除いていただきました。妊娠してからわずか1ヶ月あまりのうちに、筋腫がこんなにも大きくなってしまっていたなんて。この勢いで筋腫が大きくなっていったら、おそらく当初予定していた夏休み明けの手術では間に合わなかったでしょう。改めて、急遽執刀してくださった斎藤先生に感謝です。

手術後初めてエコーでお腹の赤ちゃんの様子を見た時の感動は忘れられません。
1キロを超える筋腫を取り除く大手術に耐え、伸び伸びと大きくなったポンちゃんの姿がはっきり映し出されたのです。ああ、これで私も普通の妊婦になれた!、と心の底から嬉しくなったことを覚えています。あちこちの病院で「流産する」と言われるたびに、どんなに普通の妊婦になりたい、と思ったことでしょう。それが広尾で現実のものになったのです。

同じ手術日に同じケースの患者さんがいたということも、その後の私にとって何よりの財産です。彼女とは同じ「まな板の上のコイ」仲間。お互いの妊娠中の経過を報告し合ったり、一足先に帝王切開で出産した彼女からは出産の時の様子を教えてもらったり、そして、今は子育ての情報交換をしています。こういう友人に出会えたことも、広尾にたどり着かなければ得られなかった幸運です。
術前(pre-ope)のMRI
術前のMRI 術前のMRI

術 前(pre ope)
赤血球(RBC)428
血色素(Hb)(g/dl)13.2
ヘマトクリット(Ht)(%)37.3
CA125150
備考
●摘出物
      1,055g


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HIROO MEDICAL CLINIC