「手術後に夫に出会い結婚。妊娠も出産もできました」
レポートNo.47

黒田未来(32才)
●女性としての悲しみ、そして喜び
未来さんとご主人結婚して2年後の4月27日、長女の菜々花(ななか)が生まれました。季節は春爛漫、菜の花のように明るく元気に、との願いを込めて命名しました。生まれた時には2,400グラムと小さかった菜々花ですが、母乳が大好きで、順調に育っています。今では上手にお座りもできるようになって、冬日が差し込むリビングで機嫌よくオモチャで一人遊びをしています。

20代で子宮筋腫が見つかった私にとって、こういう幸せな日常が訪れるとは考えてもみませんでした。当時は、子供をもつことはおろか一生一人で生きていくしかないとまで思い詰めたのですから。

主人と出会ったのは広尾で手術を受けた4ヶ月後。斎藤先生が「手術したら男運が変わるよ」と冗談めかして半ば本気でおっしゃいましたが、その通りになりました。結婚しようということになって、主人には広尾で手術を受けたこと、妊娠に支障はないと言われているけれど本当に妊娠できるかどうかはわからないことなどを正直に話しました。

結婚は97年5月。ところが、結婚してすぐに妊娠。思いがけない妊娠で、まったく手術のダメージを受けていないことに驚き、喜びましたが、残念なことに1ヶ月後に流産。やっぱり手術の影響があるのだろうかと落ち込みましたが、原因はわかりません。妊娠できることがわかっただけでもよかった、と思うしかありませんでした。そして、流産から1年後に2回目の妊娠がわかりました。それが菜々花です。

私の20代後半からの5年あまりは、子宮筋腫の手術、結婚、妊娠、流産、そして出産と、女性としての悲しさと喜びを存分に味わった日々でもありました。その5年間の体験を以下にお話しします。


●ひどかった生理不順
初めて婦人科に行ったのは、友人の話がきっかけでした。結婚を控えていた友人はこんな体験を話してくれたのです。―不正出血があったので婦人科を訪ねたところ、ポリープが見つかったの。でも、外来で手術を受けたら、簡単に治ってしまったわ―。そんな話を聞いて、それなら私も行ってみよう、と近所に新しく開業したクリニックを訪ねたのでした。

私の場合は、それが不正出血なのか、それとも正常な生理による出血なのか判断がつかないほど、とにかく生理が不順でした。生理が始まっても少量の出血で3日で終わってしまったり、1週間きちんとあって「今月はよかった」と思っていても、その後3ヶ月まったく生理が来なかったりと、生理の間隔も出血の量も予想がつかず、その時々でまちまちでした。

内診台で下腹部の触診を始めた医師が、「力を抜いてください」と何度も言うのです。別に力を入れているわけではないのに…と思っているうちに、医師の声が「あれっ?」というつぶやきに変わりました。

何事かといぶかる私に、医師は「男の人のコブシくらいの筋腫がありますね」と言いました。キンシュ?、まったく思いがけない言葉でした。それ、何?、という感じで、現実感がないまま、たぶんキョトンとしていたのだと思います。

私を現実に引き戻したのは、医師の次の言葉でした。「40代、50代なら全摘を強く勧めるのだけれど、あなたは20代でまだ独身だから、すぐに全摘というわけにも…。大きな病院に行って、そこで相談してみてください」。そして、順天堂大の浦安病院に紹介状を書いてくれました。


●もう一生子供はもてない…
ゼンテキ?、初めて聞く言葉でした。子宮を丸ごと全部摘出することだとわかると、医師の説明を聞きながら、頭の中で次から次へといろんな想念が浮かんできました。もう子供をもつことは無理だな…。一生一人で暮らしていくために、そうだ、マンションを買おう…。でも、子供の代わりにペットに夢中になるのはイヤだな…。

なぜ瞬間的にマンションを買おうなんて思ったのか、今思い返してみると可笑しいのですが、その時は一生子供をもてない自分の姿を思い描いて、この先結婚もできないだろうから、ピアノ教師をしながら一人で生きていくしかないなと、瞬時のうちにあれこれ想像をめぐらしたのだと思います。

半ば夢の中にいるような心理状態の私に、最後に医師がこう言いました。「ただ、世の中にはそうでない対応をしてくれる所もあるようなので、調べてみるといいですよ」。

そうでない対応、つまり、全摘以外の方法という意味です。この言葉が広尾へと私が導かれた伏線となるのですが、この時には広尾の存在を知るよしもなく、医師のこの言葉さえ頭の中を素通りしていきました。

後日、斎藤先生の本に巡り会い、子宮保存手術という方法があることを知った時に、鮮やかに記憶の底から浮かび上がってきたのがこの言葉だったのです。もしかしたら、あの医師は広尾のことをご存じだったのかもしれません。


●両親になんて言おう…
初めて行った婦人科でまったく思いがけない展開となって、重苦しい気持ちに閉ざされて二日、三日と過ぎていきました。順天堂大への紹介状をもらってきたものの、すぐには行く気になれず、1週間ほど持ち歩いていたでしょうか。

全摘手術という選択を突きつけられて、どうしようもなく落ち込みましたが、もうひとつの悩みは、同居している両親になんて話したらいいだろう、ということでした。

近所の婦人科に行ったことも、筋腫があると診断されたことも母には話していませんでした。ましてや、全摘手術を勧められていることを知ったら、どんなに驚き心配するか…。

でも、言わなくちゃならない。ここまで事態がはっきりすれば、両親に話して何らかの対応を決めなくてはならないと思ったのです。

父と母を前にして、「ちょっと大事な話があるんだけど」と切り出すと、両親は「何?」と言いながら、何かを期待するような明るい表情を見せました。きっと、結婚したい人がいるんだけど…という話が出るものと思ったのでしょう。「実はね、子宮筋腫が見つかって…」と続けると、「えーっ」と両親の顔は驚きに変わり、そのあとはどんなやりとりをしたのかよく覚えていません。


●母が見つけてきた1冊の本
意を決して行った順天堂大では、「将来、たとえ妊娠はできたとしても、出産までは無理。いつでも手術はできるから、いい時にいらっしゃい」と言われました。予想していたこととはいえ、すぐには受け入れることができず、もうひとつ別の病院で診てもらおうと訪ねたのが、自宅に近く世間的にも評価の高い聖路加国際病院です。

聖路加でも結果は同じ。穏やかな感じの医師は丁寧に診てくれましたが、全摘手術以外に方法はないといった話ぶりで、「帰りに窓口で入院のことを聞いて行ってください」と言いました。

それから何日かして、母が一冊の本を私に渡してくれました。タイトルには『子宮をのこしたい』とありました。斎藤先生の本です。母が近所の図書館で見つけてきたものでした。

「こういう病院もあるから、ダメモトで一度行ってらっしゃい」と母。さっそく本を読み、裏表紙に書いてあった所在地の電話番号をたよりに電話をかけ、初診の予約をとりました。


●父の言葉で手術を決意
初めてお会いした斎藤先生の印象はエネルギッシュで、自信にあふれていて、エコーでの診察が終わると、「筋腫は日に日に大きくなっているのだから、解決を先延ばしにしてはいけない。手術は早ければ早いほどいい」とおっしゃいました。今すぐ決断しなさい、と言わんばかりの迫力でした。大学病院の医師の「手術はいつでもできるから、いい時にいらっしゃい」という悠長な物言いとはなんて違うんだろうと思いました。

家に帰り、両親に相談しました。広尾ですぐに手術を受けるべきか、大学病院に通いながらもう少し様子をみるか、私自身がまだ決めかねていたのです。父は言いました。「様子をみるというのは、悪くなるのを待つこと。そうして諦めをつけさせて全摘しようとする医師より、今すぐに手を打つべきだと言う広尾の方を信頼したい」。この父の言葉で、広尾で手術を受けることを決断しました。

手術で摘出された筋腫は660グラム。病室でホルマリン液の袋の中に入っているピンクの塊を見た時には、こんなものが子宮に詰まっていたなんて、と本当に驚きました。

術後はいたって順調で、土曜日に退院し、翌々日の月曜日にはピアノを教えている生徒さんにレッスンをしました。まだ傷口の痛みはありましたが、自宅でレッスンをしていたので、椅子に腰掛けてピアノを教えることには支障はありませんでした。


●とてもきれいな子宮に
こんな後日談があります。菜々花を出産したのは聖路加国際病院ですが、妊娠がわかって初めて聖路加に行った時のこと、診察してくれたのは偶然にも4年前と同じ医師でした。

医師は私の顔を見て、カルテに目を落とすと、「あれっ、あなた、手術することにしたの?」と言うのです。「いえ、妊娠したみたいなんです」と私。「えっ、妊娠?」と医師は驚いたように私の顔を見つめました。きっと、ようやく全摘手術を受ける決心をして来たと思ったのでしょう。

そこで、あのあと広尾で手術を受けたことを話し、退院の時にいただいたファイルを見せました。医師は手術については何も質問されず、黙ってファイルを見ていましたが、出産の時の担当になった別の医師は、広尾の手術にとても関心をもたれたようで、いろいろと質問をし、ファイルも興味深そうに見ていました。

妊娠38週目で帝王切開で出産となりましたが、出産後、担当の医師から「核出手術を受けているので癒着しているのではないかと思っていたけれど、癒着もなく、とてもきれいな子宮だった」と言われました。斎藤先生の技術の確かさが証明されたようで、とても嬉しく誇らしく思ったものです。

母が菜々花をあやしながら、「菜々ちゃんは斎藤先生が授けてくれた命だね」と言うことがありますが、本当にその通りです。心配をかけた父と母にとっても、菜々花は大事な宝物。可愛さはひとしおのようです。
術前(pre-ope)
のMRI
術後(post-ope)
のMRI
術前のMRI 術後のMRI


術 前(pre ope) 術 後(post ope)
赤血球(RBC)458447
血色素(Hb)(g/dl)13.313.2
ヘマトクリット(Ht)40.139.4
CA-1254923.7
備考
●術前症状:不整出血、腰痛
●摘出物  :    660g
●出血量  :     37ml
●横切開  :      5cm



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