「手術後に胃腸障害が出て、何も食べられず。術後の経過は人それぞれのようです」・・・レポート・その2
レポートNo.10

阿部まさ子(47歳)
●長い夜の始まり
術後3週間を過ぎて、食事はほぼ何でも食べられるようになりましたが、私の場合、術後の経過で一番問題だったのが胃腸障害です。私の場合、と書いたのは、手術した人みんなが胃腸に障害をきたすわけではなく、術後の経過は人それぞれだからです。筋腫が小玉スイカほどに大きくなっていても自覚症状のない人もいれば、筋腫は小さくてもそれができている部位によっては症状が強くでる人もいるように、術後の快復の道のりもまた一人一人違います。このレポートでは、私の場合の術後の経過についてお話します。

5月19日(月)の4時半に手術は無事終了。終了間際に腰椎麻酔が追加されて、腰から下は感覚がないまま、ストレッチャーに乗せられて個室に戻りました。尿道には導尿管が入れられ、翌日の夕方までは排尿は導尿管のお世話になります。切開部の少し上のところからは細い2本の管が出て、そこから腹腔内に溜まっている血液や滲出液が管の先のポリタンクに排出されるようになっています。左手には点滴、右の二の腕には自動血圧測定機が巻き付けられた状態でベッドに寝かされました。術後しばらくの間、自動血圧測定機は1時間ごとに作動していたと記憶しています。

「麻酔が切れると痛くて眠れなくなるので、今のうちに少しでも眠ったほうがいいですよ」と看護婦さんには言われるのですが、身動きができない苦しさと吐き気をもよおす気分の悪さが押し寄せてきて、とても眠るどころではありませんでした。長い夜の始まりです。

足にしびれたような感覚がもどって、試しに動かしてみると少しずつ動くようになったのは、夜中の2時頃です。その少し前から、傷口がだんだん痛くなってきて、足が動くようになった頃から痛みはますます強くなりました。麻酔が切れたのです。


●腸が移動する
傷口の痛みとは違う痛みが、間欠的に腹部に走るようになったのもこの頃からです。お腹がギューっと絞りこまれるような痛みで、思わずベッドの柵を握りしめてしまいます。この痛み、前にも経験したことがあるみたい・・・、思い出したのが17年前の陣痛で、間欠的に襲ってくる痛み方は確かに陣痛に似ています。

実は、この痛みは腸が下に移動する痛みなのです。腹腔いっぱいに広がっていた子宮筋腫が手術でなくなった後に、それまで上腹部にせり上げられていた腸が一気に下垂するときに生じる痛みなのです。筋腫が大きいほど胃腸や膀胱などの周辺臓器は圧迫されていたわけで、筋腫がなくなって、本来のあるべき位置に臓器がモゾモゾと移動を始めたのです。

傷口の痛みと腸が移動する痛みで一睡もできないまま、ラジオの深夜放送に気を紛らして長い夜を過ごしました。ディスクジョッキーのおしゃべりと懐かしい80年代のポップス。同じ深夜放送を聞きながら眠れない夜を過ごしている人がきっとたくさんいるんだろうなあ。そう思うと少し元気が出て、「痛いのも今がピーク、がんばれ」と自分に言い聞かせました。

夜中の12時と2時に看護婦さんが回ってきて、「大丈夫ですか」と声をかけてくださいます。これまでインタビューした患者さんのなかにも「眠れない手術当夜に、看護婦さんが見回りにきてくれるのが待ち遠しかった」と話してくれた方がありましたが、まんじりともせずに過ごす患者にとって、看護婦さんの存在はなんと心強いことか。

もちろん、痛みに耐えられなければ、ナースコールを押して痛み止めをもらうこともできます。私も明け方に耐えられずにナースコールを押しましたが、「ここまできたら、あと少し。もう痛み止めを打つ段階ではないから、がんばって」と励まされました。


●ガスとのたたかい
長い夜が明けました。電動ベッドを起こしてもらい、熱いタオルで顔を拭き、歯を磨き、冷たい水でうがいをして、もうろうとした頭に少し生気が甦りました。なにしろ手術前夜から飲食していない上に、手術後は痛み止めの副作用で口の中が渇いてどうしようもなかったので、冷たい水を口に含んで、ようやく人心地を取り戻しました。

開腹手術のあとは、ガスを出すのが一仕事です。2日目から胃や腸がガスで膨満してくるのがわかります。看護婦さんからは「早くガスが出るように、どんどん寝返りを打ってください」と言われるのですが、まだ傷口が痛くて、足を曲げたり伸ばしたり、腰を左右に動かすのが精一杯。その間にも、膨満感はますます強くなっていきます。

夕方、導尿管を抜いて、身体を清拭してもらい、家から持ってきた下着、パジャマに着替えさせてもらいました。傷口の上部から出ている管はまだついたままですが、どうにかベッドから降りてトイレに行くことができました。立って歩くときには、管の先についているポリタンク持参です。

ガスが出ないうちは何も食べられない、と術後2日目も絶食を覚悟していましたが、思いがけず、夕食にヨーグルトジュース、ポタージュスープ、温かい緑茶が出ました。「食べていいんですか」と聞く私に、「上から食べ物を入れて、ガスを出しますから大丈夫」と看護婦さん。冷たいヨーグルトジュースのおいしかったこと! 水もいつでも飲めるようになって、夕食後にボルビックのミニボトルを持ってきてくださいました。

3日目の水曜日、まだガスは出ません。思うことは「早くガスが出ないかなあ」ということばかり。トイレに立ったついでに部屋の中を歩いたり、廊下に出てみたり、歩行練習を始めました。朝食はオレンジジュース、牛乳、プリン。お昼にはおもゆ、味噌汁、卵豆腐が出ました。夕食はおもゆ、味噌汁、しらす干し、さつまいもの甘煮。たまたま部屋に来られた先生の「しっかり食べて」という言葉に応えるように、残さず食べました。

上から食べ物を押し込んではみたものの、ガスは出る気配がなく、夜になって看護婦さんからお腹に赤外線をかけていただきました。こうすると、腸の動きが活発になるのだそうです。赤外線の効果かどうか、しばらくして少量の排便がありましたが、ガスは出ないままです。

4日目の木曜日、食事は少しずつ普通食に近くなっていきます。朝食は5分粥、味噌汁、ひじきの煮物。昼食はおかめうどん、杏仁豆腐。ここまで「ちゃんと食べて、早く体力を回復しなくては」とかなり無理して食べていたのですが、この日の午後あたりから胃が痛くなり始めました。相変わらず、胃も腸もガスで膨満しています。夕食は絶食となりました。

赤外線をかけたり、ガスを出す注射をしたり、看護婦さんがあれこれ「ガス抜き」の処置をしてくださいましたが、その間にも胃は張って痛くなるばかりです。とうとう鼻から胃に管を通して、ガスを抜くという緊急手段が用いられることになって、少し楽になったと思ったときに、ようやく待望のガスが出てくれました。


●一時的な機能麻痺
私の術後は「筋腫がなくなったあと胃腸が一気に下垂して、一時的に機能麻痺を起こすことがあるが、腸を手術しているわけではないので、時間はかかっても必ず治ります」という先生の言葉通りになりました。ガスが出たあとも胃腸の膨満感は消えず、その後の2日は何も食べられない状態が続き、点滴(栄養剤)に逆戻りです。牛乳を2口、3口飲んだだけで胃が苦しくなって、胃から腸にかけて丸太棒のように張ってしまうのです。術後すぐにがんばって食べすぎたために、胃腸が対応できず、一時的に機能麻痺に陥ったのだということが、今にしてよくわかります。

ようやく食べられるようになっても、しばらくはお粥と梅干し、スープだけの味噌汁を時間をかけて食べました。「術後は消化のよいものを、少しずつ、何回にも分けて」という食事についてのアドバイスも先生からいただきましたが、本当にその通りだと実感しています。子宮の手術のあとにこれほど胃腸の不調に悩まされるとは思ってもみませんでしたが、子宮筋腫が他の臓器を長い年月にわたって圧迫していたことを思えば、こうした不調は起こるべくして起きたものだといっていいでしょう。子宮の病気は子宮だけの問題にとどまらないのです

もちろんこうした不調の度合いは個人差が大きく、たとえ1キロを超える筋腫があっても術後の食事がスムースに進む人も多いのです。また、不調の現れ方も、便秘、排尿痛などさまざまだと聞きました。術後の回復はゆるやかです。要はあせらず、無理せず、自分の身体の調子に合わせて少しずつ回復を図っていくことだと痛感しています。

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